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福岡地方裁判所 昭和31年(行)20号 判決

原告 重井旋

被告 福岡税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告の原告に対する昭和三十一年十月一日附相続税金九万五千円、無申告加算税金二万三千七百五十円の賦課決定は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「原告は、昭和二十七年九月十三日父である訴外重井春朝から金五十万円、同月二十四日母である訴外重井きくゑから金二十五万円をそれぞれ借り受けたところ、被告は、右借入金合計金七十五万円を父母からの贈与と認定して、昭和三十年八月三十日原告に対し、贈与税金十六万円無申告加算税金四万円の決定をなしたが、被告は昭和三十一年十月一日右の決定に過誤ありとしてこれを取消した上、更に同日前記借入金に対し相続税金九万五千円、無申告加算税金二万三千七百五十円の賦課決定をなしたのである。

しかしながら右金員は、原告が営業資金として父母から借り入れたものであつて、贈与を受けたものではない。すなわち原告は、昭和二十八年一月一日肩書住所で丸北材木店という商号をもつて北海道産雑木の販売店を開業した。そしてこれに先立つ昭和二十七年夏頃から開店準備として材木の仕入れにとりかゝり、旭川市南一条通り二丁目訴外小泉木材株式会社との間に前渡金を納入後送品を受ける商談が成立したが、前渡金納入の資金が不足したゝめ、前記のとおり父母から合計金七十五万円を利息の定めなく借り受け、昭和二十八年一月三日右弁済方法につき双方協議の上、他に父春朝から借用中の金五万円を併せて、同年から昭和三十五年まで毎年末に金十万円宛を返済する旨を約したものである。原告の父母は、原告の兄弟等とは別世帯を営み、老後の生活費として貯えていた金七十五万円を原告に貸与したもので、この弁済金と原告の兄訴外重井鶴松から受ける扶養控除相当金を以て生計を維持していたが、原告の弁済が遅延したゝめ生活が苦しくなり、昭和三十年六月二日原告を相手として福岡家庭裁判所に調停を申し立て同年七月二十七日原告は、父春朝に対し金八十万円を同月以降完済まで毎月金二万円宛支払う旨の調停が成立し、原告は右条項に従つて、既に金三十二万円を弁済しているものである。このような事情に徴しても前記金七十五万円は、原告が父母から贈与を受けたものでないことは、明白であり相続税等の賦課を受くべきものではないから、被告の前記処分は違法であり、その取消を求めるため本訴に及んだものである。

なお原告は本訴を提起する前に昭和三十年九月十日被告に対し再調査の請求をし、同年十月二十七日棄却され、更に福岡国税局長に対し、審査の請求をなしたが、これも昭和三十一年六月四日棄却されたのである。」と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は本案前の主張として、原告は当初、被告の原告に対する昭和三十年八月三十日附金十六万円の贈与税決定に関する取消を求めながら、昭和三十一年十月二十五日の口頭弁論期日において右請求を撤回し、新に被告の原告に対する同年十月一日附相続税金九万五千円、無申告加算税金二万三千七百五十円の賦課決定に関する取消請求に訴を変更したが、このような訴の変更は請求の基礎に変更ありというべきであるから許容さるべきではない。即ち被告は、原告主張の金七十五万円を昭和二十八年度に原告が贈与を受けたものとして昭和三十年八月三十日賦課決定をなしたところ、右贈与を受けたのは昭和二十七年度であることが判明したから、昭和三十一年九月二十八日右決定を取消して同年十月一日その旨原告に通知し、同日昭和二十七年度分の贈与として改めて原告主張の如き処分をなしたが、右のとおり旧処分は、昭和二十八年度における贈与との認定にもとずくのであり、新処分は、昭和二十七年度における贈与との認定によるものであるが、昭和二十八年法律第百六十五号による相続税法改正によつて、昭和二十八年一月一日の前後をもつて適用法令を異にし、従つて税額の相違を生じ、両処分は、別個の独立した行政処分である。凡そ行政処分取消訴訟においては、行政処分の存在自体が請求の基礎をなすものであるから、相互間に要件の主要部分が共通であつても、別個の行政処分の間には請求の基礎の同一性はないと解すべきであると述べ、本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実のうち被告が原告主張の日時その主張のごとき決定をなしたこと、原告がその主張のごとく再調査の請求、審査の請求をなしたが、いずれも棄却されたこと、原告主張の金員を原告が父春朝、母きくゑから受け取り、右が本件課税の対象となつていることは、いずれも認めるが、その余の事実を争う。原告が受取つた右金員は、父母から贈与を受けたものであるから、これに賦課した被告の前記処分には何ら違法はないと述べた。

(立証省略)

理由

先づ訴の変更の適否につき判断する。被告は原告が昭和二十八年一月に父春朝、母きくゑから合計金七十五万円の贈与を受けたものと認定して、昭和三十年八月三十日贈与税金十六万円無申告加算税金四万円の賦課決定をなしたので、原告はこれを不服として本訴に及んだところ被告は、右の贈与年月日の認定に過誤があることを発見し、贈与は昭和二十八年九月になされたものとして昭和三十一年十月一日右決定を取消し、即日この受贈の財産に対し相続税金九万五千円無申告加算税金二万三千七百五十円の賦課決定をなしたので、原告は同月二十五日の口頭弁論期日においてこの決定の取消を求める訴に変更したことは記録上明かである。ところで右両処分は別個のものであるから、これが取消を求める対象も異るわけで新主張によつて新たな請求がなされたものであつて訴の変更があるといわなければならないが、行政訴訟においても請求及び請求の原因の変更については、請求の基礎に変更のない限り、換言すれば一定の法律上の権利主張としてなされているその基礎にある具体的な利益紛争の同一性が失はれない限り、これを許容しうるものと解すべきところ、両訴ともに原告が訴外春朝、同きくゑから贈与をうけたものとして、被告のなした賦課処分の取消を求めるにあつて、その請求原因たる事実関係の骨子にも相違がないのであるから、前訴を後訴に変更することは請求の基礎に変更があるとは解せられず、従つて訴の変更は適法と認むべきである。

なお原告は変更された訴についても原則として審査の決定を経た後でなければ、提起できないのであるが、前叙のごとく原告は、従前の賦課決定に対し、適法に取消訴訟を提起しその訴訟が進行中被告においてその決定に過誤ありとして自ら右処分を取消し、前同様の課税対象に対して本件賦課決定をなしたのであるから、原告としても同一不服理由について審査を経て既に訴訟として繋属している以上、改めて本件処分につき行政庁に審査を求めても、その実効も期待されず、且つその必要もないと思料したであろうことは、容易に了解しうるところであつて、原告のかゝる態度も無理からぬものと認められ、又行政庁に対しては事実上同じ不服理由につき一応反省の機会を与えているものであるから、本件のごとき場合は、相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる審査の決定を経ずに直ちに訴を提起するにつき正当な事由ある場合に該当すると理解してよいであろう。

よつて本案について判断する。原告が昭和二十七年九月十三日父春朝から金五十万円、同月二十四日母きくゑから金二十五万円をそれぞれ受け取つたこと、被告がこれを原告が父母から贈与を受けたものと認定し、昭和三十一年十月一日原告に対し相続税金九万五千円、無申告加算税金二万三千七百五十円の賦課決定をなしたことは当事者間に争がない。

原告は、右の自己の営業資金として父母から貸与を受けたものであると主張するのであるが、この主張に副うところの証人重井春朝村松央の各証言は、容易に措信することができず、その他原告の提出援用する全証拠資料によるも未だ右の事実を肯認しえないのである。翻つて証人筒井武二の証言により成立を認めうる乙第三号証と証人筒井武二の証言及び証人重井春朝の証言中原告の開業事情並に家族関係に関する部分を併せ考へると本件金七十五万円は、原告が営業資金として父母より贈与を受けたものと認定するのが相当である。もつとも成立に争ない甲第五、六号証及び証人重井春朝の証言によると、春朝は昭和三十年六月二日原告を相手として福岡家庭裁判所に調停を申立て、同年七月九日原告は、父春朝に対し金八十万円(内金七十五万円が、本件金七十五万円であることは、弁論の全趣旨から明かである)を支払う旨の調停が成立したことが認められるが、右調停申立は前示乙第三号証及び筒井証人の証言によつて明らかな福岡税務署係官が本件課税のために調査を行つた同年四月二十五日より一月余後為されたものであり、又原告父子間にかゝる調停申立をしなければならない紛争等の事情のあつたことは何らこれを認むべき証拠がないから、右調停成立の事実は前認定のさまたげになるものではない。

してみると被告が本件金七十五万円を昭和二十七年度において原告が父春朝、母きくゑより贈与を受けたものとして、これに相続税法にもとずいて賦課決定をなしたことは適法であるから、これが取消を求める原告の本訴請求は、失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野謙次郎 藤野英一 倉増三雄)

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